豊かであること=ありあまるヒマがあること

こんにちは、かずしいです。

一般的にいって、豊かであること=ありあまる金・モノを持っていること とされる。

しかし、わたしにとっては、豊かであること=ありあまるヒマがあること だ。

わたしがセミリタイアを目指して蓄財しているのは、お金があれば賃金労働しなくていい

(もしくは労働時間を圧倒的に減らせる)からであって、本当に欲しいものはヒマである。

同じように考えていた先輩たちがいた。古代ギリシャ人だ。

古代ギリシャは、充実した奴隷制度のお陰で、一般市民(成人男性だけだが)は労働から解放され、ありあまるヒマを享受していた。

そのヒマな時間にあれこれ考え、議論したことで、政治や哲学、学問が花開いた。

わたしたちが今を恩恵を受けている学問や知識の源流は、ヒマ人たちが創ったといえる。

一方、現代日本では、ヒマ=無駄な時間 という認識が強い。

わたしも、パートで、正社員に比べれば労働時間が少ないことから、他人から

「そんなヒマがあるなら、旅行とか買い物とかすればいいのに」

「正社員になって、もっと働く時間を増やせば?」

などと言われる。

奴らは何もわかっていない。

旅行だの買い物だのしたら、せっかくのヒマが台無しではないか。

まして、仕事時間を増やすなんて、とんでもない!

自分が自由に使える時間、ヒマがあることが、人間的・文化的な生活の証なのである!

アリストテレス先輩もおっしゃっている。

  人間が人間でいるためには、労働ではなく「schole(ヒマ)」こそが重要だ

    出典:アリストテレス『政治学』                    

わたしが古代ギリシャの一般市民であったら、ヒマを手にするために必要なのは奴隷だった。

しかし、現代では、その奴隷のかわりとなるのが、株などの資産である。

資産は、食事はしないし、死ぬことも主人に反逆することもないので、大変お得だ。

人身売買しなくて済むから、人道的な見地からも、問題ない。

というわけで、わたしはわたしのありあまるヒマのため、資産形成に励む決意を新たにした。

そのために、今日も非人間的な賃金労働を、ぼちぼち頑張るとしよう。

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