菅首相は欠席する、“福島復興”の象徴である東京オリンピックの聖火リレー出発式典

こんにちは、かずしいです。

本日2021年3月25日、東京オリンピックの聖火リレーが、

福島県のサッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉町・広野町)からスタートする。

ところで、“東京”オリンピックの聖火リレーにもかかわず、なぜ“福島”からスタートするのか?

それはもちろん、東京オリンピックが、東日本大震災及び、

福島原発事故からの“復興”の象徴であり、東京オリンピックは、“復興五輪”であるからだ。

少なくとも、安倍首相以降、政府はずっとそう標榜してきた。

(現実がどうなのかは、さておき)

安倍首相の後継者たる菅首相が、その聖火リレーの出発式典には欠席するという。

菅首相は、東京オリンピックを、聖火リレーを開催することを決定した。

一国の首相として、そう決断したのなら、何より福島で開催される出発式典に出席するのが、

最低限の責任であり、礼儀だろう。

今まで、“復興五輪”という言葉で、福島を利用してきたのだから。

わたしはそう思うのだが、おかしいだろうか?

たとえ本心では、“復興五輪”などまやかしだと思っていても、

(菅首相本人は、追悼式典の式辞で“復興五輪”という言葉を使わなかったので、そうだと思いたいが)

そのまやかしを利用してきたのなら、それを否定して行動を変えるか、

もしくは、そのまやかしに殉じて責任をとるしかない。

まやかしを利用するだけ利用し、風向きが悪くなったら、それを突き通すこともせずに、

有耶無耶にして、自分は逃げる。

その態度は、東北大震災、福島原発事故の被災者の方々への、冒涜だと思う。

菅首相の中では、自分の行動の整合性はどうなっているのか?

おそらく、自分の地位が守られれば、そのほかのことはどうでもいいのだろう。

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