自治体が成人式を主催する意味ってあるの?

こんにちは、かずしいです。

新型コロナのクラスター予防のため、来年の成人式中止を決める自治体が相次いでいる。

わたしの住む自治体でも、成人式は中止になった。

楽しみにしていた新成人の方には、ちょっと気の毒だな、とも思う。

しかし、成人式で主要都市から地方自治体に新成人が集結し、式の後いつもは会わない友人と連れ立って酒を飲みにいったら、あっという間にクラスターが量産されることが目に見えている。

わたしは、持病持ちの中年女のなので、それは避けて貰いたい。

よって、成人式が中止になって、ありがたい思っている。

まあ、成人式がなくたって、振り袖が着たい人は着て、記念撮影したい人はすればいいのでは?

それを禁止されているわけじゃないし。

ちなみに、わたし自身は、成人式の日は地元に帰らず、泊まり込みで旅館のバイトをしていた。

親に言えばお金を出してくれたと思うが、全く興味がなかったので、振り袖も着ていない。

(振り袖といえば、女の子たちが成人式で襟に巻いている、白にモコモコは何なんだろう?

みんな同じものに見えるけど、お揃いなのか?)

たった1日のために、何十万円も払うなんて、バカバカしいと思っていたので。

そもそも、成人式を税金を使って自治体が開催することに、何か釈然としない気持ちがあった、ということもある。

成人したことを祝うなら、自治体が用意してくれた会にお客さんとして行くのではなく、自分たちで費用を賄って、企画して、賓客を呼ぶなら招待して、開催すればいい。

別に一都市で一括に開催しなくても、それぞれの理念や目的に基づいた成人式が、いくつもあっていい。

オトナが用意したものを口を開いて受け入れてるだけじゃ、成人したとは言えないのでは?

自分たちで企画、運営した成人式なら、成人式会場に改造車で乗り付けたり、日本刀を振り回したりするコドモも、いなくなると思う。

現代の成人式の形態は、第二次大戦直後の1946年11月22日、埼玉県北足立郡蕨町(現・蕨市)で、当時の埼玉県蕨町青年団長・高橋庄次郎が主唱者となり企画した、青年祭が元になっているらしい。

敗戦で打ちひしがれた青年たちを元気づけ、希望をもたせるために開催したそうだ。

この話を聞くと、当時の「成人式」には、開催の理念も、意義もあったんだな、と思う。

それから半世紀以上、今となっては、成人となる青年の主体性もなくなり、呉服業界の圧力で惰性的に開催しているだけ、という風に見える。

惰性でやるなら、一度中止してみるのも、悪くない。

今回は、新型コロナという外的要因で中止になった。

しかし、これを期に、成人式の理念、目的、そしてどう運営していくかを考えてみてもいいかもしれない。

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