社会に馴染めないのなら、社会から離れるのも、ひとつの道

こんにちは、かずしいです。

私は、年齢だけならいい年した大人だ。

しかし、今だに社会に馴染めている感じが、全然しない。

生きるの、難しすぎ。

私と同年代の人が、普通にしていること、

1日8時間週5日働く、結婚する、子育てする、飲み会に行く、友達をつくる、

遊びにいく、化粧をする、スカートを履く、ハイヒールを履く、など

何一つ、できない。

オトナノジョセイが普通にしていることは、私が苦手なことだらけ。

今思い出すと、子供の頃から、みんなと同じことをするのが苦手だった。

つまり、子供の頃から、社会に馴染めなかった、ということだろう。

(自分で分析していて、ちょっと悲しくなってきた)

社会に馴染めないと気づいたとき、選択は主に3つある。

その1:社会に馴染めるように、自分を変える努力をし、頑張り続ける。迎合コース。

その2:社会を憎み、破壊する行動にでる。テロリストコース。

その3 :馴染めない社会からは離れて、ひっそり生きる。隠遁コース。

1は、私は体力がないし、ナマケモノなので、不可能。

現に、無理を押して正社員で働いたら、体を壊してリタイアした。

また頑固なので、そこまでして社会に馴染めなくてもいいや、と諦めてしまう。

私が努力したところで、努力なしに社会に馴染めている人には絶対にかなわない。

苦手なことを努力するほど、無駄なことはない。

2は、別に社会に馴染んでいる人が憎いわけでも、社会を破壊したい訳でもないので、却下。

私のような軟弱者が生きていけるのも、大多数の人が社会を維持してくれているおかげ。

それを破壊するなんて、自殺行為。

結局、私が選んだのは、3の隠遁コースだ。

自分が生活していけるだけの少額の資産を貯め、その後は、少し働く以外は、社会から離れて生きる。

私の場合、1を選べば自分の心身を、2を選べば他人を、傷つけ、破壊してしまっていただろう。

結果論かもしれないが、3を選んだことで、自分も社会も傷つけずに生きていけるようになった。

社会に馴染めなくて、苦しみから、自分や社会を攻撃してしまう。

そんな道を選ぶくらいなら、他人からどう思われても、3の道を選ぶことも、

立派な社会貢献ではないだろうか。

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