東京五輪のニュースから、体育の授業や運動会のことを思い出し、セミリタイアするしかなかったという結論に至った話。

こんにちは、かずしいです。

とうとう始まってしまった、東京五輪。

日本人選手も、いくつかメダルを獲ったらしい。

(興味がないので、曖昧な知識)

オリンピックというと、学校の運動会の巨大版、という感じを受ける。

私は、集団行動が嫌いだし、子供の頃に体育の時間や運動会で、組体操や30人31脚(二人三脚を30人でやる、というトチ狂った競技)を強要されたことがとんでもなく苦痛だったため、体育の授業や運動会に対して負の感情が強い。

よって、運動会と同種であるオリンピックにも、そもそも良い印象はない。

とは言っても、

今回のようなパンデミック下の開催ではなく、

選手やスタッフを熱中症の危険に晒す猛暑の時期は避けて、

賄賂で招致をせず、

税金を入れる以上は予算を守った明瞭な会計の元に、

スポンサーは各業種1社に限定し、

税金を青天井で投入するようなことも、ボランティアを使い捨てることもなく開催されるのであれば、特段オリンピックに反対する理由も、邪魔をする気もない。

私は興味がないけど、お好きな方は頑張ってください、という感じだ。

そのうえで、オリンピックはやっぱり好きになれそうにない、と思う点もある。

というのも、テレビを始めとしたマスコミが、オリンピックとなると全国民が関心がある、全国民が感動している、全国民が熱狂している、という感じで、主語をめちゃくちゃでかくして報道してくるからだ。

マスコミも、ほぼほぼスポンサーになっているから仕方がないかもしれない。

「全国民が〜」「日本が〜」という主語クソデカ報道を耳にする度に、57年前ならいざ知らず、全国民が熱狂するスポーツ大会なんて、あるわけないだろ、と思う。

(57年前だってそうだったと思うが、そうした声は今以上に黙殺されていたのだろう)

どんなスポーツ大会でも、おそらく、興味がない人の割合が一番多い。

今回の東京五輪は、パンデミック下の強行開催なので、反対の人のが各種調査から6割以上いるわけだが・・・・・・。

主語を全国民にされて、オリンピックが全てに優先される、といった主張を押し付けられても困る。

私にとっては、オリンピックよりも自分や家族など、周りの人々との日常の方が、比べようもなく大切。

その日常が破壊され、守られていない中で、しかもオリンピック開催で人流が増加し、感染の危険が増しているような状況で、オリンピックもへったくれもない。

それに、スポーツの力とか、感動とかを押し付けてくるのも気味が悪い。

特に今回のようなパンデミック下での開催では、スポーツの力で感染者が減ったり、景気が回復したりするのか?? と思ってしまう。

書いていて、我ながら性格悪いな、と思ったが、自分のブログなので偽りのない感情を記しておくことにした。

こんなんだから、セミリタイアするしかなかったんだろう(笑)

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