将来の夢=職業という罠

こんにちは、かずしいです。

「将来の夢」

誰でも子どもの頃に、一度はこの表題で作文や絵の課題をこなしたことがあるだろう。

その内容は、ほぼ間違いなく、

ケーキ屋さんになりたい、とか、サッカー選手になりたい、とか、

特定の職業になりたいと書いていたと思う。

でも、これってよく考えるとおかしい。

将来の夢って、単なる職業ではなく、自分が将来どんな状態になりたいか、

何をしたいのかという、もっと広い意味のはずだ。

例えば、ケーキ屋さんになりたいという夢でも、

その理由は、

ケーキを毎日食べたいから、ケーキ屋で成功しお金持ちになって贅沢したいから、

ケーキを作るのが好きだから、近所のケーキ屋さんの売り子の制服がかわいいから、

などなど、子どもによって違う。

ケーキを毎日食べたいなら、自分がケーキ屋になるより、

毎日ケーキを買えるような高給な職種に就く方がいいかもしれない。

成功してお金持ちになりたいなら、ケーキ屋より儲かる仕事も考えられる。

つまり、特定の職業を夢だと思ってしまうと、自分が本当の“夢”が意識できなくなってしまう心配がある。

しかし、学校では、将来の夢に、

ケーキを毎日食べたいとか、金持ちになって贅沢したい、とか、

働かずに毎日ダラダラしたい(わたしの夢)とか書くと、

書き直しを命じられる。それがわかっているから、子どもは職業を書くわけだ。

そして、将来の夢=職業という罠にハマっていく。

わたしもこの罠に見事にハマり、二十歳過ぎてだいぶ立つまで、

自分の夢=職業だと思い込んでいた。

わたしが夢だと思っていた職業に就く力がなかったこともある。

しかし、わたしの夢は、自分の時間をたっぷりもって、

自分の行動を自分で決めて、毎日煩わしいことに巻き込まれずに、

のんびり暮らすことだった。

そして、そのためにどうしたらよいのかと考えたら、あまり迷いや不安がなくなった。

現在は、夢(セミリタイア)を実現する手段としてパートで時間的余裕をもって働きつつ、

夢(セミリタイア)に向けて資産づくりをしている最中である。

職業というのは、ごく一部の人を除いては、夢を叶えるための手段でしかない。

自分がどう生きたかというところが叶えられるなら、正直いって何を仕事にしていたって構わない。

過去を悔やんでも仕方がないが、わたし自身そのことに気がつくのが遅かったせいで、

時間や金をだいぶ無駄にしたな、と思うことがある。

若い人ほど、将来の夢=職業という罠を回避して、

本当に自分が生きたいように生きていって欲しいと思う。

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