子どもが欲しいと思ったことがない

わたしは若い頃から、子どもが欲しいと思ったことが、一度もない。

(一応、親の名誉のために言っておくが、虐待されていたとかは一切ない)

別に、他人が子どもをもつことに対しては、なんとも思わない。

ただ、自分に子どもがいる、育てるといったビジョンが一切ないのだ。

なぜかと聞かれも困るのだが、ずっとそうだ。

看護実習で、保育園や小児病棟、周産期病棟でも実習させてもらった。

そこで、子どもたちや乳幼児を受け持ったときは、

相手に感謝し、学ばせてもらっている者として、真剣に向き合った。

しかし、それで子どもって可愛いな、とか、自分も欲しいと思ったかというと、

そういう感情は、湧いてこなかった。

(周産期の実習では、担当教員がすげークセのある先生だったので、

その対応に疲労して、それどころではなかったのかもしれないw)

人間は直感に優れた生き物なので、なんとなくできそうかな、やってみようかなと思ったことは、

それだけで、それをする資質があると思っていい。

よって、子どもが欲しいけど、子育てしたいけど、自分にできるかな、心配だな、と思っている人は、

間違いなく子育ての資質がある(わたしはそんな風に思ったことが、一切ない)

安心して、子どもを産み育てて欲しい。

むしろ変に自信満々なの人より、子どもにとって良い親になると思う。

そんなわたしなので、子どものときに大人から(主に学校関係者多かったが)

「あなたたちも、いずれ親になるんだから」とか

月経が始まったときに、

「これで、子どもを産めるね」とか

言われると、自分の部屋の壁紙の色に意見されているような、居心地の悪さがあった。

まあ、学校の場合など、不特定多数に普遍的な話をする都合上、

そういった言葉になるのは仕方がないな、と子ども心に思っていた。

子どもがいないと、老後寂しいとか、誰に面倒みてもらうのとか、そういう意見もある。

しかし、寂しさの埋め合わせのためとか、将来の介護人のために産むなら、

産まれる子どもも迷惑だろう。

できるだけ自立した生活がおくれるように、経済的基盤、健康状態を整え、

大変なときは国の制度を利用し、生きられる限り生きていけばいいだけだ、と思う。

わたしの祖母は二人とも健在で、90歳近い。

二人とも、同年代の女性の大多数がそうしたように結婚し、出産した。

しかし、特に母方の祖母は、全く結婚願望がなかったと言っている。

でも、長男に嫁が来たら実家にはいられないし、他に4人の兄弟がいて、

女だった祖母は学校に行く余裕もないしで、親戚がもってきた縁談を受けて結婚した。

父方の祖母は、10人きょうだいの末っ子で、長男の嫁に家事をして貰いながら実家で暮らし、

銀行の事務員をしていたが、いわゆる適齢期になったから、結婚した。

未だにすごく子どもっぽく、自分にしか興味がない人だ。

本当は結婚するより、実家で末っ子として安穏と暮らしたかったのだろう。

父も、子どもの頃、ヒステリーになった祖母から、よく怒鳴り散らされたそうだ。

また、家事や家計管理も苦手だった。

祖父は自営業で働き者、酒や博打など散財もしない人だった。

しかし、祖母はほとんど貯金をしておらず、祖父が亡くなってからは、

自分の国民年金だけでは生活できず、わたしの両親が援助して生活している。

女だから、妊娠・出産できる体だったから、それが常識だったから、

結婚し、子どもを産んだのであって、結婚にも子育てにも向かなかったのだろう。

賃金収入を得る手段が少なかった当時の女性にとって、結婚は生きていくための手段だった。

そして、農家や自営業が多かったので、子どもは労働力兼、老後の生活保障だった。

国民の大多数がサラリーマンになり、年金などの社会保障が整えられた今、

子どもをもつことは、個人の嗜好となった。

しかも、学費などを考えると、かなりカネのかかる贅沢な嗜好だ。

よってわたしのように、子どもが欲しいと思わない者には、産む目的も動機もない。

わたしも祖父母と同じ時代に生まれていたら、見合いで自分と同等の低レベルな男と結婚し、

選択肢などなく出産していただろう。

国力増強という面では、その方が望ましかった。

しかし、わたしとしては、周りの価値観に従って子どもを産んだ後で、

お前なんか、産みたくて産んだわけじゃない

と自分の子どもに思わなくてすむ現状の方が、ずっといい。

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