【遺された人への最良の贈り物】自分が死んだときについて、日常的に話しておいた方がいい。

こんには、かずしいです。

人間は、自分一人でできることが極端に少ない生き物だと思う。

生産、教育、医療、娯楽など、生活に関わることを100%、自分だけで賄ってます!という人は、存在しない。

どんなに能力が高い人も、財産がある人も、他人なしには生きていけない。

自分の稼ぎ、資産で生活している=自分の力だけで生きてる、というわけでは全くない。

お金を対価として受け取って、動いてくれる人がいなければ、巨万の富も無意味なのだから。

そして生きている間はもちろん、人間は死後の始末も、自分一人では行えない。

そもそも死んでるから、自分の遺体の始末は、必ず他人の手を借りる必要がある。

野生動物だったら、死体はそのまま他の生物の食料になったり、微生物に分解されて土に帰るが、人間の場合は葬るという作業が必要。

それに加えて、葬儀、遺品の整理、法的手続き、墓の管理など、遺される人に託さざるを得ないことがほとんどだ。

だからこそ、自分が死んだ場合、葬式はする・しない、するならどんな葬式をしたい、どんな遺産があって、どう処分してほしいか、墓はいるか、いるなら誰が管理するか、などなど、自分の死後遺されるだろう人(パートーナーや子供など)に、日常的に話しておいた方がいい、と思う。

というのも、私の知人のAさんの義父が数年前に亡くなったのだが、この義父、家族の誰にも言わずに、自分の墓をある墓石屋に注文していたのだ。

家族は誰もそれを知らないものだから、義父が亡くなった後、全く別の墓石屋に墓を注文した。

その後、そのことを義父が注文していた墓石屋が知って、激怒という結果に・・・・・・。

その石屋にしてみれば、設計図は既に描いてあるし、注文を横取りされた形になったので、怒るのも無理はない。

しかし、Aさん一家だって、義父から墓石を注文していたことなど聞かされておらず、何も知らなかったのだから、仕方がない。

悪いのは、家族に何も伝えずにいた、義父である。

Aさんいわく、この義父、Aさんたち長男家族と同居していたが、長男と折り合いが悪く、日常的な会話はほとんどなかったそうだ。

そして自分で墓を発注したは良いが、その後認知症を患ってしまい、遺言書も残すことなく死亡。結果的に、遺された家族にも、注文を受けた石屋にも、迷惑をかけ不快な思いをされることになった、というわけ。

それにしても、Aさんの義父さん、お墓のことなんて、自分が死んでからでは自分でできるわけがないのに、どうするつもりだったんだろう?

私は、平均寿命よりは若いが、ご飯を食べてるときとかに、自分が死んだらどうして欲しいか話したり、親からも聞いたりする。

例えば、

貯金は好きに使っていい、

弟は無駄遣いが多いし渡さなくていい、

インデックス投資信託はできれば解約せずに保有しておけば10年くらいの単位で見れば増えると思うけど、別に売ってもいい

葬式も墓もいらない。焼いたら、業者に頼んで散骨してくれ(この業者に骨をゆうパックで送ってくれ)

脳死だったり、使える臓器があれば、臓器提供してOK

などなど。他にも、

植物状態になったらどうする?

介護はどこで受けたい?

認知症になったら、胃瘻つける?

車の運転って、何歳までしたい?

などを、話すこともある。

別にその場で結論を出そうとしているわけではない。

時間の経過で、答えが変わることは、いくらでも有り得る。

ただ、自分や家族がこんなこと思っていて、だいたいこんな方向性で動いて欲しい、ということをなんとなくわかっていれば、何もわかっていないよりは、死後や相手と意思疎通が取れなくなったときに、何か決定をするための指針になる。

人類が地上に誕生して以来、死ななかった人間はいない。

自分も、自分と親しい人も、必ず死ぬ。

それがわかっている以上、遺されることになるであろう人に対しては、自分や相手が死んだ後のことを日常的に話しておくことは、万人に必要だろう。

必要に応じて遺言や公正証書を互いに残しておく、財産目録を作っておくことで、遺された人の負担を軽減したり、生活も守ることもできる。

どんなに準備をしても、完璧なことはない。

しかし、遺される人を思って死後の準備をしていたという行為そのものが、遺族への最良の贈り物となるだろう。

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