【結局は“人”の問題】「持ち家」か「賃貸」か論争

こんにちは、かずしいです。

古来より、住居については二大派閥が熾烈な争いを繰り広げている。

すなわち、「持ち家」派と「賃貸」派の論争である。

この結論ははっきり言って、人によって違う、としか言いようがない。

たったひとつの正解がないことだから、いつまでも争いが続くのだろう。

ただ、日本人が大好きな新築一戸建てに関していえば、少なくとも経済的には、間違いなく損な買い物だ。

日本の新築一戸建って、よほどの人気エリアでなければ、買った瞬間3割価値が下落する。

ディベロッパーの取り分が、ガッツリ上乗せされているからだ。

買った瞬間価値が3割減るものを、何千万もローンを組んで買うなんて、わたしから見ると狂気の沙汰だ。

しかしそんなわたしは、現在フジツボのように親の家に寄生している身なので、ローンを組んで家を買い、経済を回している人たちを悪く言うつもりは全くない。

それどころか、怠け者のわたしの代わりに労働し、税金や金利を納めてくれていることに、心から感謝している(本当です)

ところで、結局住居の満足度に関わってくるのは、「持ち家」か「賃貸」かといった瑣末なことではなく、誰と一緒に住むか(一人暮らしも含めて)、近所にどんな人が住んでいるのか、といった、広い意味での人間関係だと思う。

人が羨むタワマンだって、DV夫と住むなら地獄だし、新築の豪邸だって、隣にゴミ屋敷があったり騒音おばさん・おじさんが住んでいたら台無しだ。

反対に、1LKの賃貸だって、一人でのびのび気ままに生活できるなら自分の城だし、築50年で古屋だって大切で仲の良い家族と住むなら安息の地になる。(耐震性は心配だが)

我が家(といっても両親の家だが)は、4半世紀以上前に建てたのだが、それ以前から、となりにある精神疾患を患ったAさんという男性が住んでいる。

引っ越してきた当初から10年間くらいは、大声で喚いたり、音楽を24時間(比喩ではなく本当に)、大音量で窓を全開にしてかけたり、家の前の共有道路で爆竹を鳴らしたり、竹刀を振り続けたり、狭い庭でドラム缶で轟々と火を燃やしたり、大変だった(何回か通報したこともある)

正直、まいったな〜と思ったし、今でもときどき共有道路に脚立を置いて塞いだりしているが(笑)、今はAさんも年を取ったせいか、行動もだいぶおとなしくなったので(当社比)、まあいいか、と思っている。

それは、一種の慣れと諦めがなせる技だ。

そもそも、お隣さんがそういう人でも、ローン付きの持ち家である以上引っ越すこともできないので、仕方がなかったし。

賃貸なら引っ越せば済むかもしれないが、引越し費用や、職場、子供の学校などを考えると、賃貸だってそう簡単に引っ越すことはできないだろう。

結局、よほどの大富豪でもない限り、自分が完璧に満足できる、完全無欠の住居に済むことは不可能だと思う。

それに、これはわたしの私見だが、どこに引っ越そうが、まだ別のAさんがお隣さんになるだけという気がするし(笑)

自分が譲れない条件と、妥協できる条件をすりあわせて、許容範囲ならそれで満足するほうが現実的だ。

そしてなにより、一人暮らしを含めて、自分にとって大切な人、協力関係を結べる人といっしょに住むことが、何よりも重要だろう。

面白みがないが、それがわたしの「持ち家」か「賃貸」か論争への回答である。

コメント

  1. ガーデン より:

    ほんとにそうですね。しかし、その家族もいづれいなくなってしまうことを考えるようになりました。家族以上に言いたいことを言える人がいないので。このままだとどうなるのだろうかと。

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