【正気の人間は、勝てない勝負に参加しない】中国「寝そべり族」の台頭について考えたこと。

こんにちは、かずしいです。

最近、中国では若者の間で、寝そべると意味の「躺平」という言葉が、流行語になっているらしい。

参考:中国の若者に広がる「寝そべり族」  向上心がなく消費もしない寝そべっているだけの人生

結婚、住宅購入、自動車購入をせず、最低限の必需品以外は消費しない。

他人から搾取されることを拒否し、寝そべるように生きるライフスタイルのこと。

私の今のライフスタイルと、ほぼ同じ。

そうした低労働・低消費のライフスタイルを選択する人を、「寝そべり族」というそうだ。

中国は、急速に経済成長を遂げたため、早々に、

頑張れば、誰でも豊かになれる!

(この場合、豊か=安定した仕事、給与、結婚、子供、自動車購入、住宅購入、のこと)

という、経済成長のボーナスステージを達成した。

そして既に、国民全体の生活レベルは上がったものの、

頑張っても、全員が豊かになれるわけではない

という、成熟段階(停滞段階ともいう)に到達してしまったのだろう。

生活インフラは整備され、必要な物は、全員がほとんど手に入れた。

そんな社会では、雇用も給料も、右肩上がりに伸びていくことはない。

つまり、どんなに頑張っても、今の中国の若者は、彼らの親世代のように、

全員が安定した仕事に就いたり、結婚し子供をもったり、

住宅・自動車購入したりできるわけではない。

むしろ、そうした親世代のライフスタイルは、お金も労力も多大にかかる。

一握りの者しか実現できない、修羅の道だ。

勝ち目のない戦なら、はじめから土俵に乗らない、という選択をする。

それは、やる気がないわけでも、勇気がないわけでもない。

究めて、真っ当な判断だと思う。

「寝そべり族」のようなライフスタイルは、ある程度経済的に豊かの国でないと難しい。

今日の食事にも困る、インフラもネット環境もないような国だったら、

生きるために働くしか選択肢がないのだから。

中国当局は、「寝そべり族」の台頭に警戒感を抱いているらしい。

でも、そういうライフスタイルが出現するほどに国が豊かになったということ。

むしろ、誇っていいのでは?

ただ、「寝そべり族」のような人々を、今までのように“豊かさ”を餌にして動かすことは難しいだろう。

そもそも、政府のいう“豊かさ”を求めていない人々だから。

「寝そべり族」のようなライフスタイルは、恥だとか親不孝だとか言って、

羞恥心に訴えたり、罪悪感を抱かせる方法もあるが、これも上手くいかないだろうな〜。

私もそうだが、そもそも恥や罪悪感がある人は、「寝そべり族」にならないから(笑)

ただ、これは個人的な意見になるが、私のようなセミリタイア者も、「寝そべり族」も、

時間に余裕がある生活

個人の権利や選択肢の拡大

自然豊かで静かな環境

多様性を認める、平等・公正な法律や社会の仕組み

など、経済成長で追い求めてきた“豊かさ”とは違った方向性の豊かさには興味がある人は、少なくないように思う。

「寝そべり族」の台頭は、そうした豊かさに社会が向かう兆し、

というのは、言い過ぎかもしれない。

私もそうだが、別に社会のために「寝そべり族」になった訳ではないだろうから。

でも、中国が、さらなる“豊か”な国になるための、貴重なヒントを、

「寝そべり族」は教えてくれている! のかもしれない。

知らんけど。

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