【仕事より家事が大事】『時が止まった部屋 遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』小島美羽

こんにちは、かずしいです。

わたしは、人間にとって、家事は仕事より遥かに大事だと思う。

ここで言う「家事」は、いわゆる主婦や女性がやる、家の細々したこと、という意味ではない。

家事は、老若男女、誰もが、主に自分や家族のために行う、

食事を作る、子供を育てる、部屋を清潔に整える、風呂に入る、洗濯する、などなど

人間の生存に関わるしごと、全般のことだ。

(家政婦(夫)や清掃業者など、他人に有料で家事を売るサービスは含まれない)

家事は、直接金銭を稼げるものではない。

しかし、家事なしには、全ての人間は生存できない。

資本主義社会の世の中、金を稼ぐ“仕事”の方が価値があるかのように我が物顔をして振る舞っているが・・・・・。

そんなわけないだろ、と思う。

最近、ある本を読んで、その思いを強くした。それが、

『時が止まった部屋 遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』(原書房、2019)

だ。

この本は、遺品整理・特殊清掃人である小島美羽さんが、今まで関わった依頼現場を自作でミニチュアにし、そのミニチュアと共にそれぞれ現場にまつわるエピソードを記した本だ。

小島さんはミニチュア制作のプロではない。

ミニチュアであるから、写真ほどは生々しくないし、デフォルメもされている。

しかし、小島さんがミニチュアによって再現した依頼現場は、故人の生活や息遣いが感じれるような現実感を伴っている。

製作者である本人が実際にその現場に入り、遺品整理や清掃を通して故人や、その家族などの周囲の人々と関わって仕事したことが、ミニチュアの持つ説得力になっていると思う。

小島さんは、年間370件以上の依頼現場を訪れる。

そのうち、遺品整理のみの案件が6割、孤独死などの特殊清掃が4割ほど。

孤独死は、発見されるまで時間がかかり、特殊清掃が必要になることが多いそうだ。

わたしが、著書の中のエピソードで特に気になったのは、あるごみ屋敷の話だ。

そこは、40代女性が孤独死した、ごみ屋敷と化したマンションの一室。

ミニチュアで表現するために、ごみ量は減らされているそうだが、ワンルームには足の踏み場がない程ごみが堆積している。

どうやってここで生活していたのか、想像できないほどだ。

小島さんのお話では、ごみ屋敷は何十年もかけてできることがある一方、2、3年で部屋を覆い尽くす程になることもあるそうだ。

特に女性は、それまでなんの問題もなく部屋を整えられていたのに、何かのきっかけや切実な事情で、ごみを溜め込んでしまうことがあるらしい。

ごみ屋敷化する事情の一つとして挙げられていたのが、“職業上の理由によるもの”だ。

特に接客や激務をこなす人に多く、弁護士、水商売、看護師、芸能関係が多いそうだ。

仕事で客や患者や同僚に神経を遣い、激務をこなして帰宅する頃には、すべてのエネルギーを使い果たしている。

そのため、ごみ捨てや掃除といった家事は、後回し。

それが続くうちに、ごみ屋敷と化していく・・・・・。

ごみ屋敷の片付け依頼をしてくる女性たちは、外見はきれいに整っており、ごみ屋敷に住んでいることなど想像できない。

そのため、小島さんは毎回、部屋とのギャップに驚くそうだ。

彼女たちは、仕事を含めあらゆる面に置いて、他人を優先し気遣う人達なのだろう。

その結果、自分の生活の場がごみ屋敷と化し、健康やときには命さえ脅かされていることに、本当にやりきれない思いだ。

わたしも、以前夜勤ありの病棟看護師をしていたときは、毎日仕事でエネルギーを使い果たしていた。

他のことをしたり、考えたりすること余裕はなかった。

(大して仕事熱心でなかったのにもかかわらず・笑)

実家暮らしで、母が家事をほとんどしてくれていたから何とかなったが、一人暮らしだったら、わたしもごみ屋敷に住んでいたかも、と思うと、他人事とは思えない。

人間が人間らしく生きていくために行う家事ができなくなるほどに、エネルギーや時間を要求する“仕事”って、一体何なんだろう??

過労による精神疾患や自殺もそうだが、いい加減、人間の生活や命を脅かす“仕事”を、働き方を、社会からなくすようにするべきだ。

仕事より、命が、それを支える家事の方が、遥かに大事なのだから。

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