こんにちは、かずしいです。
少し前に、某メンタリストが、自身の動画内で、
「生活保護の人に税金を使うくらいなら、猫を救って欲しい」
「ホームレスの命はどうでもいい」
といった発言をし、炎上しました。
彼の動画は、いくつが観たことがあります。科学論文や本の内容を、一般人に分かりやすく、日常生活で活用できるように紹介するといったものでした。
彼自身、賢明な、科学的な、知的でリベラルなイメージで売っていたのだと思います。
彼のような高学歴で賢い人が、なぜ生活保護受給者やホームレスといった、社会的弱者の方々に対しては、徹底的に見下した言動をとったのか?
今回読んだ
『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳、早川書房)
は、その疑問への回答の一つだと思います。
本書のテーマである「能力主義」とは、
自分の成功は、自分の能力と努力で勝ち取ったものだ、だから自分は報酬や地位を得るのに相応しい。よって、低学歴だったり所得が低い人は、差別されてもしかたがない。
という考え方のことです。
高学歴でリベラルな、人種差別や女性差別には反対する人が、こと「学歴」になると平然と差別をし、その差別は、個人の自己責任によるものだから、当然だと考える根拠になっています。
熾烈な学歴社会であるアメリカでは、特に大卒以上の人と、そうでない人との間の分断が、所得、社会的地位などあらゆる点で歴然としています。
本書では、「能力主義」によって追いやられ、見下され、置き去りにさられた人々(その大部分に、白人の高卒男性労働者がいました)の怒りが、トランプ政権の樹立の要因となったことが指摘されています。
著者は、もちろん、「能力主義」の正当性に、様々な根拠を使って反証しています。
私のような素人が考えても、個人の成功は個人の能力と努力のみによって得られるものではないことは、容易にわかります。
YouTuber として成功し、高所得者である某メンタリスト氏も、
日本という子供が児童労働しなくて良い先進国に生まれ、教育を(金銭面も含めて)後押ししてくれる家族に恵まれたこと
インターネット環境や、You Tube というプラットフォームが整備された社会であったこと
自分の知識やそれをプレゼンする能力への需要が市場にあったこと
などなど、様々な偶然の要因が重なりあって、“成功者”になりました。
もちろん、本人は(全部とは言わなくても)、自分の才能と努力だあったから成功したんだ、と思っているでしょう。
しかし、才能は、遺伝的に受け継がれたものです。
確かに才能は、持って生まれるだけでは不十分で、それを花開かせるための本人の努力は不可欠です。
けれども、そもそも努力できるかは、努力してみようと思える家庭や社会環境があるかに大きく影響されます。
そのどちらも、某メンタリスト氏が、自分の力だけで手に入れたものではないでしょう。
エビデンスのある論文に重きを置く某メンタリスト氏が、『実力主義も運のうち 能力主義は正義か?』をもし読んだら、どのような感想を抱き、評価するでしょうか?
(有名な著作ですから、既に読んでいるかもしれませんが)
前回の炎上以降、氏の動画は観ていませんが、その解説動画が上がったら、課金してでも観てみたいかもしれません。
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