【「普通のふり」は他者への思いやり】『おとなになるってどんなこと?』吉本ばなな

こんにちは、かずしいです。

最近、吉本ばななさんのエッセイ『おとなになるってどんなこと?』(ちくまプリマー新書)を読んだ。

このエッセイの中に、「普通ってどういうこと?」という章がある。

その中では、自分の感覚を信じ、一見普通に見える人から違和感を感じとって、身を守ることの大切さを述べている。

それに加えて、

 また自分の感覚をほんとうに信じることができたら、きっと他の人にとがめられたり異様に思われないような「普通のふり」をある程度は他者への思いやりによってできるようになると思います。

『おとなになるってどんなこと?』(ちくまプリマー新書)66頁

と述べている。

「普通のふり」が他者への思いやり、という点が面白い。

ばななさんは、ご自身の「異様な気配や濃さ」からお店の店員さんを怖がらせてしまうことがあるとのこと。

たしかに、作家として自分の世界をしっかり持っていて、それが外見ににじみ出ている感じがあり、気質じゃない(笑)感じがするからだろう。

わたしも、年を食っているが結婚していないし、子供もいないし、正社員でもないし、化粧はしていないし、顔は老けているが田舎の中学生のような格好なので、店員さんを怖がらせる、というよりは戸惑わせてしまうことがある。

こいつなにもんや、得体がしれん、という感じを与えてしまっているのかも・・・・・・。

見た目なんて、どうでもいいだろ、と思っていたが、普通にみえることが他人への思いやりだと考えると、普通にみえるように振る舞うことも、社会生活のためにはある程度必要なことかも、と思った。

しかし、一方で、

 普通にふるまっていたからといって、なにかから救われることなんて一切ないと思います。がんばって普通にしていたら、だれかがあなたにほんとうにほしいものをくれるということも養ってくれることも多分ないと思います。

同著、66〜67頁

と、バッサリ切り捨てているところも面白い。

普通に振る舞うことが、他人への媚になってはだめ、ということだろう。

また、他者を思って普通に振る舞っても、どうしてもはみ出してしまうことがあることを認める社会であって欲しいし、そういう部分を本人には大切にして欲しいという意見にも共感した。

他者への思いやりと、自分が自分らしくあること。

それは、きっと両立できることだから。

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